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激動の時代、真摯に生きた幕臣の記録 佐々木譲「武揚伝ー決定版(上中下)」(中公文庫)

time 2018/01/17

榎本武揚。戊辰戦争で旧幕府軍の海軍のトップとして戦い、函館五稜郭で降伏し、新政府に許され活躍した人という程度の認識しかありませんでした。
この本は、榎本武揚に焦点を当てたものです。司馬遼太郎さんの著作の中では榎本に対して評価は低く「人物としてはあまりたいしたことはない」というような書きぶりだったので、佐々木さんの本では果たしてどんな風に描かれているのかも興味がありました。

佐々木譲さんは骨太ミステリの大御所のように思っていましたが、こういう立派な歴史小説を書いているのを初めて知りました。小説とはいっても、筆者の解説などもところどころに挿入されていて、とても読みやすかったです。

生い立ちから描かれます。幕府の学問の柱である儒教の教えに満足できず、蘭学を志す少年時代。昌平坂学問所、長崎海軍伝習所で学んだ後、幕府の開陽丸発注に伴いオランダへ留学。帰国後、幕府海軍の指揮官となり、戊辰戦争では旧幕府軍を率いて蝦夷地を占領、いわゆる「蝦夷共和国」の総裁となりましたが、箱館戦争で敗北し降伏しました。

伝習所時代に上司として勝海舟が登場するのですが、勝に対する評価が面白いです。司馬遼太郎さんなどが大変高く勝を評価しているのに対し、この本では人望がなく、裏表のある人物として描かれています。旧幕府方の榎本を主人公にしているので、当然といえば当然かもしれませんが、一貫して勝を性格の悪い人に描いているのはなかなか興味深かったです。

その後のオランダ留学時代も興味深いです。オランダという緯度の高い、寒い国でも、人々が農業を盛んにしている様子を見て、不毛の地とされる蝦夷地でも農業が出来るのではないかと、後の蝦夷共和国につながる知見を得ます。また従軍武官として、戦争の仕方も目の当たりにします。「万国公法」という概念を学び、後の戊辰戦争における諸外国との交渉でその知識が遺憾なく発揮されます。

上中下3巻に及ぶ大河小説の白眉は、鳥羽伏見の戦いから五稜郭の戦いに至る戊辰戦争のくだりでしょう。鳥羽伏見の戦いでは、15代将軍、徳川慶喜が大阪城から江戸へ逃げ帰ってしまう様子が描かれます。有名な話ですが、佐々木さんは勝海舟同様に徳川慶喜も好きではないらしく、「常に肝心なところで逃げてしまう人」という烙印を押しています。榎本は主戦論でした。たしかに緒戦で、徳川慶喜が先頭に立って、当時日本一だった海軍力も使っていれば、どうなっていたか分からないでしょう。歴史に「もしも」はないかもしれませんが。

その後の江戸に舞台が移ってからは榎本の運命も徐々に暗転していきます。旧幕府軍の戦意は旺盛なのに、榎本は将軍徳川慶喜を船で駿府に送り届けることを優先して動きません。その間の心理描写も丹念にされますが、私にはよく分かりませんでした。徳川慶喜と同様にやはり錦の御旗に対する畏れがあったのでしょうか。

彰義隊壊走後、ついに奥羽の勢力に合流すべく仙台に向けて出航しますが、嵐に会い、艦隊は再起不能に近いダメージを受けます。もう少し早く無事に仙台に着いていたら戦局の挽回も十分あり得ただろうに、このあたりは、榎本武揚という人の運のなさを痛感させられました。

榎本は最後は大鳥圭介、土方歳三らとともに蝦夷地に向かい、共和国を樹立します。このあたりの精神は、かつてのオランダ留学で体得した「人々が主役の国づくり」という意識が強く、本作でも感動的に描かれています。

しかし、こうした動きを新政府軍が放っておくはずもなく、最後は抵抗むなしく投降します。その後許され、新政府で活躍するのですが、本作ではここまでで終わりです。

全体に、榎本という人を、オランダ留学をキーワードに、時代にとらわれない開明的な人物と描いています。もちろん歴史、ことに人物に対する評価は難しく、「さほどの人物ではなかった」という司馬さんのような見方もあるのですが、それにしても150年ほど前の日本に、こんな大きな人物がいたのか、とワクワクさせられる小説でした。

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