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彼岸の境地 モーツァルト クラリネット協奏曲 イ長調 K.622

モーツァルトのクラリネット協奏曲イ長調 K.622は、モーツァルトが協奏曲のジャンルで残した最後の作品です。そしてクラリネットを使ったクラシックの曲の中でも、最も有名なものの1つでしょう。モーツァルトはクラリネットがとても好きだったようで、当時まだ出始めたばかりのこの楽器を積極的に交響曲などに使ったほか、クラリネット五重奏曲とクラリネット協奏曲という音楽史に残る傑作を生み出しました。

1791年に、親しい友人でフリーメイソンの一員でもあったアントン・シュタードラーのために作曲したとされています。シュタードラーは当時ウィーン宮廷楽団に仕えていたクラリネットの名手です。クラリネットの名曲を書いたのは、この人の存在が大きかったのしょう。

曲は、モーツァルト晩年の澄み切った心境を映したかのような透明感が特徴です。特に第2楽章アダージョは、静謐さな中に深い哀感のこもった素晴らしい歌が聴かれます。天才が最後に到達した境地が示されています。よく「彼岸の音楽」と形容されますが、まさに死期の近い人間が悟りの境地に達したかのような風情をたたえています。

故・吉田秀和氏が「私の好きな曲」(新潮社)で、この曲の特徴を見事に表しています。

協奏曲を一生書き続け、この分野での最高の作曲家だった人は、その最後の作品で、ついに最も協奏曲的でない協奏曲を書くところに到達し、そうして、これが、その分野での最高の傑作になった。ということは、彼が、ついに協奏曲を書いて、協奏曲を超越して、名のつけようのない「音楽そのもの」の領域に突入してしまったという事実を示している。

名曲だけにいろいろな名盤が出ているのですが、私が好きなのは、チャールズ・ナイディッヒ(クラリネット)、オルフェウス室内管弦楽団の1987年の録音です(DG)。

この曲の場合、クラリネットと同じくらいオーケストラも透明さが必要だと思っているのですが、指揮者なしのオルフェウス室内管は、小編成の機動力を生かした見事なアンサンブルを披露しています。正確なリズムに乗って溌剌と歌う様子などは、指揮者なしでも見事なものです。ナイディッヒのクラリネットは堅実です。オーケストラから突出することなく、アンサンブルの一員として演奏しているかのようです。それでも第1楽章展開部のように、はっと深みもあり、なかなか味わい深いです。第2楽章の清澄さ、第3楽章の愉悦感も見事です。

もう一つ、私にとっての「刷り込み」的な録音が、ジャック・ランスロ(クラリネット)、ジャン=フランソワ・パイヤール指揮パイヤール室内管弦楽団の演奏(エラート)。1963年の録音です。ランスロはフランスの巨匠で、フランス風の柔らかく明るい音色が特徴です。今聴くとパイヤールの指揮するオーケストラ部分がややギャラントに過ぎる感もありますが、ランスロのソロは流れるような演奏の中にもさりげなく哀感が漂う辺り、やはり流石と言わざるを得ません。

比較的新しい録音では、スウェーデンの若き天才、マルティン・フレスト(バセット・クラリネットと指揮)、ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー管弦楽団の演奏を挙げます(2010年録音、BIS)。抜群のテクニックで縦横無尽に駆け巡るようなクラリネットが実に新鮮です。

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keitoshu: 千葉県に住む男性です。好きなクラシック音楽や読書、食べ歩きの思い出などを書いていきます。