2023/07/08
若杉弘(1935~2009)といえば、小澤征爾、岩城宏之らと並んで、戦後の日本から世界に羽ばたいたスター指揮者の一人でした。きっちりとしたアンサンブルを持ち味に、オペラを含む声楽付きの大曲に特に適性があったとされています。ライン・ドイツ・オペラ音楽総監督、ドレスデン国立歌劇場およびシュターツカペレ常任指揮者を歴任するなど、オペラ分野で最も活躍した日本人指揮者といえるでしょう。
シンフォニーのレパートリーとしてはマーラーを得意としていて、東京都交響楽団とライヴ録音で交響曲全集も完成しています。ブルックナーも好きだったに違いなく、1995年に正指揮者に就任したNHK交響楽団と、1996~1998年にかけて全9曲を演奏していて、かつて3番と7番がCD化されました。
ここに紹介するのは、キングレコードのN響ライヴシリーズのうちの2枚組です。ブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」(1986年)のほかモーツァルトの交響曲が3曲(第35番「ハフナー」、第38番「プラハ」、第41番「ジュピター」いずれも1995年)が収められています。
モーツァルトの方は、はつらつとしたなかなかの好演ですが、若杉の棒が彼らしくきっちりしすぎている印象があり、例えば同じN響でもプレヴィンが振ったときのようなしなやかさが足りない気がします。
一方でブルックナーは大変な名演だと思います。今のN響の方が当時より技術的には上だと思いますが、ここで聴かれる響きはかつてのN響が持っていたドイツ風の実に野太い音がしています。ソロ楽器も珍しく(失礼)大きなミスがないのも、繰り返し聴くCDとしてはありがたいことです。
若杉の指揮の特徴として、明確な拍節間とフレージングがあると思うのですが、それが特に第1楽章やフィナーレのような音楽では力を発揮しています。楽器のバランスも最適で、「ここはこのフレーズを強調してほしい」というのをかなえてくれる、私にとってはドンピシャリの演奏でした。もちろん、違う感想を持つ人はいるでしょうが。
総じて金管がバリバリ鳴るので、第1楽章展開部やコーダなどは凄い迫力です。一転、第2楽章はオーストリアの暗い森をさまようような繊細な弱音の表現が素晴らしい。第3楽章のみ、やや一本調子に聴こえますが、この楽章は誰で聴いても同じように聴こえるので(例外は木管の扱いが天才的なヴァント)、まあ仕方がないでしょう。
そしてフィナーレ。冒頭から確信を持ったテンポで進みます。N響も最後まで息切れすることなく壮大なクライマックスを築きます。キングが若杉のN響との録音からなぜわざわざこれを選んだのか、よくわかります。
若杉のブルックナーといえば、最晩年に東京フィルと何曲か取り上げ、そのうちの7番を聴いたことがありますが、晩年様式というか、かなり巨匠風のものになっていました。
そこへいくと、このロマンティックは、まさに壮年期の若杉のエネルギーと、当時のN響ならではの豪快な響きがあいまった、まさに唯一無二の記録だといえます。
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