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細部まで彫琢された名演~ヤノフスキ・ケルンWDR響のベートーヴェン全集

前回紹介した外山雄三指揮、大阪交響楽団のベートーヴェン全集(フーガの慟哭~外山雄三のベートーヴェン)とは全く違ったタイプの全集です。巨匠、マレク・ヤノフスキ指揮、ケルンWDR交響楽団(旧称:ケルン放送交響楽団)、優秀録音で有名なペンタトーン・レーベルのCDを聴きました。

外山のが昔の巨匠時代の「重厚長大」な、大河小説を読むような演奏だとしたら、ヤノフスキのは、ベーレンライター版のスコアを克明に再現しながらこの指揮者ならではの工夫を凝らした「現代的な」演奏と言えます。

ヤノフスキといえば、若い頃にドレスデンとワーグナー「ニーベルングの指輪」をデノンに全曲録音したことで有名です。ポーランド出身、ケルンでサヴァリッシュに師事し、フライブルク、ドルトムントなどの歌劇場で音楽監督を歴任しました。「オペラ」で修業を積み、シンフォニーでも活躍してきた、伝統的、典型的なな欧州の指揮者のなりかたをした人といえるでしょう。

シンフォニーの指揮者としては、フランス放送フィルやスイス・ロマンドなどのやや二流クラスのオケの音楽監督をしてきて、メジャーレーベルへの録音も少ないので、人気の点ではやや落ちるかもしれませんが、NHK交響楽団を指揮したのをテレビで何度か観た印象では、師匠のサヴァリッシュにも通じる、非常に手堅い、何を聴いても間違いないような職人型の指揮者だと感じました。

ところで、NHK交響楽団の元首席オーボエ奏者の茂木大輔さんの近著『交響録 N響で出会った名指揮者たち』(音楽之友社)は、NHK交響楽団で茂木さんが共演したマエストロたちの素顔が描かれいて、とても面白いです。その中で、ヤノフスキについてかなり長く紙面を割いて書かれています。

少し長くなりますが、紹介します。練習場に現れるや一見、神経質そうな振る舞いのマエストロ。しかし練習が始まると、

「これから演奏するにあたり、ご注意がいくつかあります。まず国際的に(!)、私の左手(と言いながら手のひらで音を抑える動作)がこのようにしている時、皆さんは大き過ぎます。小さくしてください。また、どれかの楽器が必要な時、(左手を上に向けて、人差し指で「来い来い」と呼ぶ動作をして)こうします。その人は、少しだけ大きくしてください。これは国際的な(!)約束事です」と言う。これは世界中のオケマンが知っている、当たり前のことだが、それを大真面目に説明するので、もうその段階で、コンサートマスターのキュッヒルさんや僕などは吹き出したいのをこらえている。

「では、それを理解していただいたということで(してますって!)、ラインの黄金の冒頭から練習しましょう。ところで、ホルンがすでに大きすぎます!」と、一音も出す前から言ったので、さすがにオケもクスクスと笑い出した。その、冗談か本気かわからないニュアンスこそが、「ヤノフスキ・ワールド」なのであった。好きだなあ。

何か、ヤノフスキの人柄をよく表しているようなエピソードですね。サヴァリッシュのような謹厳実直な学校の先生のような感じ。でも冗談も言う。その冗談を大真面目に言うのが、とても微笑ましいです。

さて、ケルンとのベートーヴェン。2018~19年に録音された最新版です。1939年生まれなので、80歳前後の録音ですが、まずは年齢をみじんも感じさせない、快速なテンポが印象的です。英雄、田園など一部を聴いただけですが、速めのテンポで楽器のバランスも克明を極め、少しスクロヴァチェフスキにも似ている感じですが、ときどきタメを作って歌いこむようなところもあり、一筋縄ではいきません。田園の最終楽章のコーダでは、ケーゲルばりにテンポを落として自然への感謝の心を表すなど、なかなか芸が細かいです。

ケルンWDR響は、現代ドイツのオーケストラらしく、とても反応がキビキビしていて、個々の奏者も巧いです。

最近は、ピリオドスタイルを取り入れたベートーヴェンが主流ですが、モダン楽器のオーケストラのベートーヴェンとしては、なかなか魅力のある演奏ではないかと思いました。

keitoshu: 千葉県に住む男性です。好きなクラシック音楽や読書、食べ歩きの思い出などを書いていきます。