ここ数日、何度聴いたことでしょうか。廃盤久しく、入手困難なCDを挙げるのは申し訳ない限りなのですが、あまりにも素晴らしい演奏なので、書かせていただきます。
独インターコード・レーベルに録音された、ルドルフ・フィルクスニー(ピアノ)、エルネスト・ブール指揮、南西ドイツ放送交響楽団(バーデン・バーデン)のモーツァルトのピアノ協奏曲のCD3枚です。
3枚の収録曲目は①24番&9番「ジュノーム」②25番&18番③20番&16番です。
フィルクスニーはチェコのモラビア出身の大ピアニストです。若い頃にあのヤナーチェクに可愛がられた人、というエピソードの持ち主ですヤナーチェクやマルティヌーを得意としましたが、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスをはじめとするドイツ・オーストリア系の作品やショパンなど、そのレパートリーは広いピアニストでした。
私にとっては、特別なピアニストでした。というのも、クラシックを好きになり始めた高校生の頃、初めて演奏会で実演を聴いたのが、フィルクスニーでした。中でもメインプログラムのムソルグスキー「展覧会の絵」は圧巻で度肝を抜かれました。「ピアノってこんなに大きな音がするものなのか」。
その「展覧会の絵」はDGに録音が残っていて、実演の感動には遠いにせよ、圧倒的なピアニズムは録音でも感じ取れます。
その時のパンフレットに書かれていました、たしかニューヨークでのリサイタルだったか、ショパンのピアノソナタ第3番を演奏中に(何分このパンフレットを紛失してしまい、この曲目も不確かです。すみません)、停電が起きて会場が真っ暗になっても最後まで弾き続けたとか。評論家に「なぜ演奏が続けられたのですか?」と聴かれ、「そういう訓練を受けています」と一言明快に答えたとか。
このエピソードにも表れているように、本当のプロフェッショナルの技術を持ったピアニストです。
ただ、録音には恵まれたとは言えないです。先の「展覧会の絵」のほか、DGにはフルニエの伴奏をしたブラームスの「チェロソナタ1番、2番」がありますが、そのほかのメジャーレーベルではデッカにベートーヴェンの「皇帝」(ユリ・シーガル指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、同「悲愴」「月光」併録)があるくらいでしょうか。このほかに晩年、RCAにドヴォルザークやマルティヌーの協奏曲やヤナーチェクの「草陰の小道」などを録音しており、貴重な遺産と言えます。
さて、インターコードのモーツァルトです。短調の24番、20番、「ジュノーム」の2楽章などが特に素晴らしいです。「疾走する悲しみ」とはこのことかと痛感します。CDには録音年代の記述がないのでが、ブールがバーデン・バーデンを指揮していた頃、またややこもったオン気味の録音から類推して、おそらく1960年代半ば~1970年頃ではないでしょうか。
まず、ブールの指揮が素晴らしいです。基本的に速めのテンポの中に、克明なニュアンスを込めていきます。切れ味するどく、かつ艶やかな弦、ときに柔らかく、ときに鋭い木管パートも出色です。
フィルクスニーのピアノはメカニックの正確さに加え、タッチに無限のニュアンスを込めながら、転調では音色の変化を利かせます。カデンツァでは大きくタメを作る場面もあり、決して一本調子には陥りません。短調の曲では指揮者とともに切迫した感情表現が、そして長調の曲では至上の愉悦を表現し尽くします。
このタイプではリリー・クラウスの新盤が近いかとも思いました。大げさな表現は皆無ですが、モーツァルトの曲が持つ喜びと悲哀を描いて余すところがありません。