1年程前のある日曜日の朝、テレビで「題名のない音楽会」をつけていて、ほかごとをしているとベートーヴェン「ワルトシュタイン」の一節が流れてきました。
「速い!そしてすごく上手い!」と見ていると、知らない若いピアニストが快速でワルトシュタインを弾いているところでした。それが實川風(じつかわ・かおる)さんでした。
1989年千葉県出身。東京芸術大学音楽学部首席卒業、同大学修士課程終了。首席で卒業というのは凄いですね。
2015年10月にフランス・パリで行われた「ロン=ティボー=クレスパン国際コンクール」で1位なしの第3位を受賞、あわせて最優秀「リサイタル賞」、「新曲賞」を受賞しました。2016年イタリアで開催された「第7回カラーリオ国際ピアノ・コンクール」でも優勝したそうです。
テレビで放映されたのは、たぶんロン=ティボー入賞後で、話題を集めつつあるときだったのでしょう。とにかくあのときの「ワルトシュタイン」は耳に残りました。ただ機械的に早く弾くのではなく、すごく音楽的だったのです。ちょっと優等生的な感じも受けましたが、否定的な意味ではありません。まっとうに勉強してきた人という感じ。
このショパンアルバムは、デビューアルバムに続く2枚目の録音です。
収録曲は11曲で、有名曲ばかりです。
①前奏曲第15番「雨だれ」②スケルツォ第2番③ノクターン第20番遺作④幻想即興曲⑤幻想曲へ短調⑥練習曲第13番「エオリアン・ハープ」⑦アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ⑧ワルツ第6番「子犬」⑨マズルカ第25番⑩練習曲第12番「革命」⑪ポロネーズ第6番「英雄」
まずはショパン名曲集としては理想的な曲目です。
演奏も、若手とは思えない堂々たるものです。テクニックはかなりのものですが、技巧を技巧と感じさせるようなあざとさはありません。
曲ごとの曲想を的確に表現していて、曲の魅力を最大限伝えようとする真摯な姿勢がうかがえます。
特に感心したのは、静かな部分の叙情性です。かなりゆっくりとした部分でも息切れすることなく、繊細な弱音をつむぎながら日本的ともいえる間の持つ意味を感じさせます。
一方でダイナミックな部分でのテクニックの切れ味もなかなかのものです。
冒頭の有名な「雨だれ」から、しとしとと降り続ける雨のゆううつさ、けだるい気分をうまく表現しています。
スケルツォ第2番はきらめきながらクライマックスへ盛り上げていく手腕の巧みさが光ります。
幻想曲は傑作と思いますが、ここでも幻想性を巧みに表現しつつ、崩れそうになる一歩手前でしっかりとした構築感を示しているのが特筆されます。
「子犬のワルツ」や「革命」のような手垢の付いた有名曲でも、きっちりとした譜読みと新鮮な感興を感じさせてくれます。
難曲「英雄ポロネーズ」はホロヴィッツの呪縛から逃れられないのですが、並み居る強豪に太刀打ちするには、實川さんの「英雄」は個性がやや乏しいようにも感じました。それでも解釈のまっとうな音楽性の高い演奏でなかなか聴かせます。
私にとってはテレビで見た「ワルトシュタイン」の印象が強い實川さんですが、ショパンでもきわめて正統的な、しかも説得力の強い演奏をしているのを知って、ドイツ系、ショパン両方いけるピアニストと思って、頼もしく感じました。でも、いずれはどちらかの道に進むのかもしれませんね。ヴィルヘルム・バックハウスやクラウディオ・アラウがそうだったように…。
まだ若いので決め付けるのはやめたいと思います。ともあれ、今後どう成長していくのか楽しみなピアニストには間違いありません。
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