いささか極論ですが、私はヴァイオリンは音がすべてだと思っています。とにかく音それ自体が美しくないと、もう聴く気がしません。楽器としてはガルネリよりも断然ストラディバリウス派です。
そういう意味で、アルテュール・グリュミオーは好きなヴァイオリニストです。このバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ全曲は1960~61年、グリュミオーが40代の絶頂期の録音で、数ある無伴奏の名盤の中でも、美しさと構成力を兼ね備えた、私としてはベストに推したい録音です。
ただの美音だけのヴァイオリンではもちろんなく、フランコ=ベルギー楽派の伝統を受け継いだ折り目正しい演奏ぶりは、録音後半世紀を経てもなお古さを感じさせません。
作品は3曲ずつのソナタとパルティータの合計6曲からなり、ヴァイオリンの独奏曲としては音楽史上最高の作品の一つといっていいでしょう。
中でも有名なのがパルティータ第2番ニ短調BWV1004の最終曲「シャコンヌ」でしょう。この曲だけ単独でもよく演奏されます。その精神性の高さによって、古今のヴァイオリン曲の中でも屈指の名曲といえます。
グリュミオーのシャコンヌは冒頭から気迫のこもったものです。私がいつも感動するのは、中間部で長調に転じて展開していくところ。時がとまったかのような静寂の中から、明るい光が差してくるような素晴らしい表現です。曲自体が素晴らしいのはもちろんですが、この部分のグリュミオーの演奏はヒューマニティーあふれるというか、力強さと肯定感に満ちたもので、いつ聴いても深い感銘を受けます。
録音はフィリップスのステレオ録音で、時代を考えれば相応の古さはありますが、鑑賞にはまったく支障のないものです。
私としてはバッハの無伴奏はグリュミオーだけあればいいのですが、ほかに好きな演奏を挙げると、まずウート・ウーギのRCA盤があります。
イタリアの貴族の家に生まれたヴァイオリニストで、日本では知る人ぞ知る「通好み」の演奏家です。かつてはNHK交響楽団の定期にも登場しました。1980年代にRCAの専属ヴァイオリニストとして、かなりの録音を残しました。
この人もしたたるような美音を持った人です。テクニックもなかなか。ただグリュミオーレベルの人と比べると、少し深みに乏しい感じがするのは仕方ありません。何よりも音それ自体が美しいと感じさせる数少ないヴァイオリニストの一人だと思っています。
もう一人挙げたいのは、ユダヤ人のイツァーク・パールマンです。この人もやや線は細いものの、音そのもので勝負できる人だと思います。美しさに加えて明るさと力強さ、技巧を技巧と感じさせないテクニックを持っています。
バッハも録音していて、シェリングのような正統派バッハを信奉する向きには全く相容れないと思いますが(私もシェリングは好きですが、無伴奏に限ってはすごく良いとは思っていません)、モーツァルトに通じる、明る過ぎるゆえの哀しさとでもいうべき趣が出ていて、ちょっと忘れられない演奏です。
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