ヨハン・セバスティアン・バッハの平均律クラヴィーア曲集は、鍵盤楽器のための作品集で1巻と2巻があります。それぞれ24のすべての調による前奏曲とフーガで構成されています。19世紀ドイツの指揮者、ピアニストのハンス・フォン・ビューローは、この曲集とベートーヴェンのピアノ・ソナタを、それぞれ音楽の旧約聖書、新約聖書と呼びました。
どちらかというと第1巻は練習曲の性格が強く、第2巻は音楽性に富んだ作品が多くなっています。第1巻第1曲の前奏曲は、グノーの「アヴェ・マリア」で伴奏音型に使われたことでも有名です。
アブデル・ラーマン・エル=バシャは1958年、レバノン・ベイルート生まれのピアニスト。父親はポピュラー音楽の作曲家、母親は民謡歌手、おじは有名な画家という、芸術家の家庭に生まれました。10歳で20世紀を代表するピアノの巨匠、クラウディオ・アラウに将来を嘱望されました。パリ音楽院ではピアノのほかに作曲も学びました。1978年にブリュッセル国際エリザベト王妃コンクールで全会一致で優勝しましたが、すぐに演奏活動に入らず、数年間は研鑽を積み重ねレパートリーを広げることに努力しました。
特徴としては、まず抜群のテクニック。どんな難曲でも簡単に弾いているように聴こえる、というテクニックをテクニックと感じさせない、相当のテクニシャンだと思います。それからアラブ系ということかわかりませんが、やはりヨーロッパ系の人とは少し異なる感覚があると思います。構築性を重んじるというよりは、瞬間の感興を大事にするようなイメージがあります。ただ、正直あまり多くのディスクを聴いていないので、先入観を持った判断は控えたいと思います。
このバッハは比較的最近の録音です。「バッハの深い響きを再現するのはこのピアノでないと」という強い希望により、ベヒシュタインD-280が使用されたとのことです。とにかくピアノの音が美しく、そして深い。総じて、前奏曲では豊かな歌謡性、フーガでは完璧にコントロールされた技術による対位法の妙味を強く感じました。
私は、バッハの平均律では、一番好きなピアニスト、グールドが別格です。グールド以外のバッハのピアノ演奏がまったく聴く気がしなかったのですが、割と最近にバレンボイムを聴いて、「ああ、こういうロマンティックなバッハも良いな」と思いました。この2つがあれば良いと思っていましたが、今回エル・バシャのを聴いて、この美しい演奏を3番手に挙げたいと思います。
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