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心にしみる佳品 「海峡の鎮魂歌(レクイエム)」 熊谷達也著(新潮文庫)

たまたま入った書店で新刊本のコーナーに積んであり、「眠れぬ夜をお約束。徹夜本」という帯のキャッチコピーに惹かれて購入しました。実際に先が気になってどんどん読み進んでしまう本でした。

函館の潜水夫、泊(とまり)敬介を主人公にした再生と希望の長編小説です。昭和9年の函館の大火災、太平洋戦争による空襲、そして昭和29年の洞爺丸沈没事故と、3つの大きな試練にその都度立ち向かう主人公の半生を通して、運命に必死に立ち直ろうとする姿や家族との絆を描きます。

主人公の敬介は父親の家業を継いで潜水夫となり、妻と幼い娘とささやかながら幸せに暮らしていました。物語は、そんな幸せが大火事によって奪われるところから始まります。

火事で妻と娘を亡くした敬介は、避難していたときに助けた母子と再開し…。その後も戦争と大怪我、船の破損、義理の息子との仲違いと、敬介を常に試練が襲います。

最後は乗り合わせた洞爺丸の沈没。義理の息子と和解し、死んだと思っていた実の娘も現れた矢先の出来事でした。

運命の過酷さと、人の巡り会いの不思議を淡々とした筆致で描いていきます。昔の函館の町の様子や、火事・空襲・沈没の歴史的事実、潜水作業のやり方、戦後闇市の描写など、丹念に資料を調べたこともうかがえます。

核となるのは敬介と妻・静江、義理の息子・伸一郎との絆です。大火事による喪失の中でつながった家族がそれぞれに悩みながら、本当の家族になっていく過程こそ、この小説の読みどころだと思います。

ラストに近い次の文章が、とりわけ心に沁みました。

 人と人を結びつける絆は、人生の苦難や嵐を乗り越えれば乗り越えただけ、いっそう太くて強固なものになる。ただし、その絆は、人の努力によってのみ作られる。裏を返せば、努力を怠ったとたん、存在したはずの絆はあっさり切れる、ということだ。

 そして、なにかの因果で生き延びてしまった者は、与えられた日々を精一杯いきることでしか、死者の魂を悼み、鎮めることができないし、それが残された者に課せられた義務なのだろう……。

文庫の裏表紙には「仙台在住の著者が震災から半年後、悩み迷いながら筆をとった」とあります。小説の中で描かれた天災は地震とは違いますが、海の悲劇を扱っているのは同じであり、たしかに震災直後にこういう小説を書くのは大変だったと思います。
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keitoshu: 千葉県に住む男性です。好きなクラシック音楽や読書、食べ歩きの思い出などを書いていきます。