以前、若杉弘、NHK交響楽団のブルックナー「ロマンティック」について書いたのですが(ブルックナー「ロマンティック」の決定盤と言いたいです 若杉弘(指揮)NHK交響楽団 ブルックナー交響曲第4番「ロマンティック」ほか)、このほど、Altus(アルトゥス)から「WDR ケルン放送交響楽団」との演奏をまとめたボックスが発売され、購入しました。
実は、若杉については、同じAltusから今年、NHK交響楽団との1990年代のブルックナーチクルスを収めた交響曲全集もボックスで出ていて、こちらも聴いて大変な感銘を受けました。こちらの感想は別途記したいと思います。
さて、ケルンとのボックスですが、収録曲は以下の通りとなります。
①チャイコフスキー「悲愴」(79)、弦楽セレナーデ(80)
②ブラームス 第4番(80)、ハイドン変奏曲(81)
③ベートーヴェン 第1番(77)、「英雄」(77)
④マーラー 第9番(83) ※2枚収録
⑤チャイコフスキー 第5番(82)、ハイドン 第99番(79)
⑥ブラームス 悲劇的序曲(83)、ピアノ四重奏曲第1番(シェーンベルク編曲)
以上の7枚組です。タワーレコードの通販で7,000位でした。
さて、こうして見ると、演奏年代はおおむね1980年前後です。また放送用の収録もありますが、ほとんどがライヴレコーディングです。なおライヴの場合でも拍手は収録されていません。
若杉というと、マニアックな作曲家や、大作曲家の作品でもあまり演奏されない曲を取り上げるイメージがあったのですが、このボックスはすべて極めつけの有名曲ばかりで、そこも嬉しいところです。
全体の演奏の特徴は、一言でいうと、その名の通り、とても若々しい、「颯爽とした」という表現がぴったりくる名演ばかりです。テンポはおおむね中庸かやや速め、クライマックスでも「ため」をつくったりするような場面はほとんどなく、そういう意味では全体のあっさり目の演奏ではあります。
特筆すべきは、響きのバランスがとても良いこと。最晩年に東京フィルを指揮したブルックナーの9番を実演で聴いたことがあるのですが、そのときはスケールが極めて大きいものの、響きはやや飽和状態で大きなマスと化していたことに少し失望した記憶があります。しかし、ここでは、各楽器のバランスは精緻を究めており、「ここはこの楽器が聴こえてほしい」というようなところで、私の好みとドンピシャで、かゆいところに手が届くような思いがしました。
そして、オペラの長い経験で培ったと思われる豊かな歌、横の流れの見事さにも驚嘆しました。日本人の指揮者、オーケストラは概して縦のアンサンブルを整えるのは上手いと思うのですが、速い曲でも緩徐楽章でも、横への流れ、言い換えれば先へ先への流れを作るのが不得手だと私見では感じます。しかし、若杉は天性の素質に加え、長年本場ヨーロッパのオペラハウスでもまれてきたのでしょう、とても見通し良く音楽を設計していくのです。これは本当にすごいことだと思います。
個々の曲について書くとキリがないのでやめますが、例えば「悲愴」は、日本人だと岩城宏之のNHK交響楽団(96年の定期、キング)が、ドラマティックさにおいて超ド級の名演だと思っていますが、若杉のはスッキリとした辛口淡麗のようなこちらもなかなかの名演だと思います。図らずも辛口淡麗と書いてしまいましたが、若杉の演奏にはどこか高貴な佇まいを感じます。演奏内容は全く違いますが、その高貴さにおいて、カルロ・マリア・ジュリーニの演奏を聴いたときのような印象を残します。