オーストリアのアントン・ウェーベルン(1883~1945年)といえば、アルノルト・シェーンベルク、アルバン・ベルクと並んで「新ウィーン楽派」の代表的な作曲家です。新ウィーン楽派とは、20世紀初頭にウィーンで活動した作曲家の集団で、無調音楽、12音技法を開拓ました。いわゆる現代音楽と呼ばれる分野の人たちです。
ウェーベルンは上記3人の中でも前衛的な作風を展開した人です。私は現代音楽は苦手な方で、新ウィーン楽派の中では、シェーンベルクの「浄夜」、アルバン・ベルクのヴァイオリン協奏曲など、調性で書かれたいくつかの作品を聴いただけで、ウェーベルンに至っては、ドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団のモーツァルトの交響曲集の余白に収められた小品を聴いて「こりゃ手に負えないわ」と諦めたクチです。
そんなわけで、これまでは縁のなかったウェーベルンなのでしたが、ある時、カーラジオのFM放送を聴いていると、何とも美しい弦楽合奏の曲が聴こえてきました。物悲しく、哀愁のあるメロディーが厚みのあるハーモニーの中でとても美しく、何となく近現代の作曲家の作品だなと思ったのですが、「誰の曲だろう?」と思って最後まで聴きました。曲が終わり、アナウンスが「ウェーベルンのカンジョガクショウ」と聴き、「ウェーベルン!」と一人車内で驚きました。「カンジョガクショウ」が「緩徐楽章」というのはすぐに分かったのですが、あのメロディアスな曲が、難解なウェーベルンの曲とは、心底びっくりしました。もともとは弦楽四重奏のための曲らしいです。
その時の演奏は、広上淳一さんの指揮でNHK交響楽団定期の生放送でした。広上さんやるなあ。いい曲を教えてくれてありがとう、と思いました(笑)。
さて、その後、CDが欲しいと思い、探してみたのですが、エマーソン弦楽四重奏団(DG)やカルミナ四重奏団(コロムビア)のものがなかなか評判が良いようです。ですが、どちらも廃盤になっており、どうせならラジオで聴いた弦楽合奏版が良いなと思い、ネットで見つけたのが下記のCDです。
ドイツのカプリッチョというレーベルから出ているCDで、Amazonで1,500円位でした。
ウラディーミル・スピヴァコフ指揮、モスクワ・ヴォルトォージ。ウェーベルンの「緩徐楽章」の他に、シェーンベルクの「浄夜」とバルトークの「ディベルティメント」が収められています。いずれも近現代の弦楽合奏の曲です。録音は2003年です。聴いた感じ、オケは小編成のようです。
スピヴァコフはヴァイオリニストとして知っていましたが、指揮もしているんですね。久しぶりに聴いた名前でした。ジャケット写真を見ても、少しお年を召されたようです。
さて、あらためて「緩徐楽章」ですが、1905年、ウェーベルン22歳の頃に書かれた曲です。1945年に亡くなってから17年も後の1962年に初演されたとのことです。
冒頭、どこか懐かしい、物悲しい、何とも言えないメロディーから惹きこまれます。中間部は感情が何かを求めてさすらうように揺れ動き、うねり、そしてまたあの冒頭の甘酸っぱいようなメロディーが戻ってきます。ロマンティックですが、和声や響きは現代的です。
スピヴァコフのCDは誰の編曲かクレジットがありませんので、弦楽四重奏をそのままオーケストラで演奏したのかもしれません。
小編成とはいえ、とても厚みのある弦で、豊かなソノリティーを感じさせるものです。野暮ったいところがなく、切れ味も良いです。シェーンベルクやバルトークも含めて、とても良い演奏だと思いました。録音も豊かな残響を生かしながら、芯のある音がとらえられたとても優秀なものです。