モーツァルトの交響曲第40番ト短調 K551の名演といえば、過去にアーノンクールの記事を書いています。今回は、最近聴いて、とても感動したCDを紹介します。
それは、ペーター・マーク指揮 パドヴァ・ヴェネト管弦楽団のCDです。録音は1996年です。レーベルはARTSという見慣れないところですが、調べてみると、当初イタリアで発足し、ドイツに本拠を移したレーベルだということです。日本の発売元は日本コロムビアで、日本語の解説付きの帯が付いています。解説は、なんと片山杜秀さんが書いています。
ペーター・マークは1919年、スイス・ザンクトガレン生まれ。1950年代から60年代に、英デッカにモーツァルトを録音するなど、次代のスターと目されていましたが、レコード会社の商業主義に嫌気がさして契約を破棄。香港で禅僧の修業をしたりしました。その後はメジャーレーベルでの録音には恵まれませんでしたが、晩年にARTSレーベルにモーツァルトの中・後期の交響曲、ベートーヴェン、メンデルスゾーンのそれぞれ交響曲全集を録音しました。日本にも何度か来ていて、東京都響などを振っていますので、実演を聴かれた人も多いでしょう。2001年に亡くなりました。パドヴァ・ヴェネト管弦楽団はイタリア・ヴェネト州の州立団体で、小編成のオーケストラです。
実はパドヴァ・ヴェネトとの録音は、発売当時はあまり気にしていませんでした。マークに馴染みがなかったのと、聴いたことのないオケだったので、何となく二流かなと思ってしまったからです。不明を恥じます。
このCDは、たまたま中古ショップで見つけたもので、安かったので何の気なしに買ったものです。40番をまず聴いて、その豊かな音響、細かい部分まで行き届いた表現に打たれました。オケは機能性を重視するスタイルではなく、団員の自発性を生かしながらマークの意図を忠実に再現することに全力を注いでいるように感じられました。
40番の第一楽章冒頭、有名なテーマに細かい抑揚をつけます。これは好みが分かれるかもしれません。トゥッティの豊麗な響きはオリジナル楽器による演奏にはない、少し昔風の堂々たる姿です。といって、鈍重なわけではまったくなく、リズムは弾み、細かいところでアクセントを生かし、木管などの浮かせ方も巧いので、実に充実した音楽を聴いていると感じます。
特に印象的だった部分は、第二楽章です。私はこの楽章は何となく冗長に感じてしまうのですが、マークのはゆったりしたテンポながらとても神経細やかに、かつ豊かに歌うので、すっかり聴き入ってしまいました。後半、弦が重なり合って盛り上がっていく部分には特に感動しました。
「ジュピター」はタイトルにふさわしい、堂々たる演奏で、やはり昔の巨匠風ですが、40番同様、細かいところで工夫しているので重厚ではありながら、古臭くは感じません。フィナーレの盛り上がりはすごく、やはり巨匠の芸格を感じさせました。
重厚さや思い切った表現は、スタイルは違いますが、フリッチャイの指揮したモーツァルトに似た印象を受けました。あそこまで厳しくなく、もう少しマイルドにした感じでしょうか。
調べてみると、この組み合わせのモーツァルトは、第31番「パリ」から後の交響曲を録音しているようです。ほかの曲も聴いてみたくなりました。