モーツァルトの交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」は、もとはザルツブルクのハフナー家のための作曲されたセレナードが交響曲に編曲されたものです。後期6大交響曲の最初を飾る名曲で、明るく爽快な曲調が特徴です。
もっと後の作品ほどの深みはありませんが、第1楽章のいきなり2オクターブも音が跳躍する開始など、斬新な手法も採られています。第2楽章の優美さはモーツァルトの作品中でも1、2を争うものでしょう。第3楽章はハイドン風のメヌエット、第4楽章はプレストで高度な対位法的技法が駆使されています。
この曲は、けっこう木管が活躍します。低弦が独立してかなり動き回るのも聴いていて面白いです。もとがセレナードなので聴きやすく、ついつい聴き流してしまいがちですが、よく聴くと、ダイナミックスの広さや、オーケストレーションの緻密さは、明らかにそれまでのモーツァルトの交響曲とは違っていて、後期の円熟した境地に足を踏み入れつつあるのがわかります。
名曲なので、CDも古今の名演ぞろいです。古いところではブルーノ・ワルター、カール・ベーム(ベルリンフィルの旧盤)、カール・シューリヒト、ヨーゼフ・クリップスなどが定評のあるところ。比較的新しいところでは、ベーム(ウィーンフィルの新盤)、レナード・バーンスタイン、ラファエル・クーベリックなどが有名なところでしょうか。
そんな名盤を差し置いて、私が特に推したいのは、フランスの巨匠、ピエール・モントゥーが北ドイツ放送交響楽団を指揮したコンサートホール録音(デンオン盤)です。巨匠最晩年の1964年の録音です。モントゥーはコンサートホールレーベルに、このモーツァルトのほかにベートーヴェン第2・第4、チャイコフスキー第5、ベルリオーズ「幻想」などを録音していて、コンサートホールの貧しい録音にも関わらず、すべてが「超」の付く名演奏です。
モントゥーといえば、ストラヴィンスキーの「春の祭典」の初演者として知られています。正確無比なバトンテクニック、エレガントな演奏ぶりがイメージされますが、ドイツものも大変得意としていて、例えばコンセルトヘボウとのベートーヴェン「英雄」やロンドン交響楽団とのブラームスの第2交響曲などは、それぞれの作品でも特別な地位を占める名盤です。
モントゥーのドイツものの特徴は、ひとことでいうと、とても豊かな、そして滋味にあふれた、作品そのものの良さをたっぷりと味わえる演奏といえるでしょう。重苦しさやドラマティックさとは無縁です。響きは明るく、音のドラマはありますが、深刻さは皆無です。ですので、ウィルヘルム・フルトヴェングラーのような演奏を好む人は、やや物足りないかもしれません。どちらかというと淡々としている中に、細かいニュアンスを込めていくあたり、シューリヒトに近いものも感じます。シューリヒトの記事
前置きが長くなりましたが、この録音は「ハフナー」と第39番が収められています。39番も名演ですが、圧倒的に「ハフナー」が素晴らしいと思います。冒頭の跳躍からはちきれるような愉悦に満ち、細かい弦の動きも克明に聴こえます。楽器のバランスも極上で、聴こえてほしい木管や低弦もしっかり聴き取れます。コンサートホールの昔の録音はイマイチでしたが、タワーレコードから再発売された盤では、丁寧なリマスターがなされていて、音質が著しく向上したのもうれしいことです。
第2楽章はモントゥーの真骨頂。いやらしくならず、ノーブルに優美な旋律を奏でます。どちらかというと速めテンポでスイスイ進んでいきながら、「ほんとにきれいな曲だな」と思わせてくれます。第4楽章も第1楽章同様に、細かいニュアンスを込めながら、徐々に盛り上げていき、堂々とした終結を迎えます。
北ドイツ放送交響楽団も、ドイツの放送オケらしくきっちりとしたまじめな演奏ですが、モントゥーに触発されたのか、第2楽章などとても美しい弦の歌を聴かせます。
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