満州事変から第二次世界大戦終結までを描いた大河歴史小説です。新潮文庫から全9巻が出ています。「週刊新潮」で連載が開始され、執筆の途中から船戸与一氏はがんを患いましたが、執念で9巻を刊行して2か月後の2015年4月22日に死去しました。
小説は、架空の敷島4兄弟のそれぞれの視点から、満州国の誕生から消滅までを描きます。4兄弟の視点が交差するほかに関東軍特務将校の間垣徳蔵、同盟通信記者の香月信彦が重要な役割を演じます。
簡単に4兄弟を紹介します。長男・太郎は東京帝大出身の外交官。奉天総領事館で満州事変の勃発を目の当たりにします。満州国建国後は国務院に勤務し、裕福な生活を送りますが、終戦後シベリアに抑留され、悲惨な最期を迎えます。
次男・次郎は、4兄弟中、一番奔放な性格。満州で馬賊として頭角をあらわした後、インパール作戦に加わり、ミャンマーで戦死します。
三男・三郎は憲兵隊の花形将校として各地で活躍しますが、終戦直後、通化事件に加わり死亡します。
四男・四郎は、4兄弟の中では一番ふらふらとした人生を送ります。早大在学中に無政府主義に傾倒したり、満州映画協会、関東軍嘱託など職も転々とします。終戦後は復員し、4兄弟の中ではただ一人戦後まで生き延びます。
この4人に複雑に絡んでくる間垣との関わりは戊辰戦争までさかのぼりますが、それは最後に明かされます。
盧溝橋事件など満州が舞台の場面が多いですが、日本、インド、フィリピン、ミャンマーなど太平洋戦争に関係する多くの国のその時代が描かれます。特に満州国の風土や自然、人々の生活などが丹念に描写され、その時代にタイムスリップしたかのように臨場感があります。
蒋介石や毛沢東など中国の大物はもちろん、日本の甘粕正彦、インドの独立運動家、チャンドラ・ボースなど実在した人も沢山出てきます。というか、上に挙げた4兄弟、間垣、香月以外はかなりの登場人物は実在したか、実在した人物にヒントを得たのだと思います。
また船戸さんの小説は食事の場面がよく出てくるのですが、当時の満州で食べられていた食事なども描かれているのが、興味深いです。倒置法が多用される会話文も独特です。
船戸さんの作品は、表=勝者の歴史に隠された裏=敗者の歴史を描くことが多かったのですが、これは、まさに満州国を表も裏も多次元的に描き切った傑作です。
戦争と国家、国家と個人、時代の波に翻弄される個人など、様々な視点で、昭和初期の混沌とした世界が切り取られます。特に時代の大きなうねりの中では、いかに個人は無力になるのかを思い知らされます。日本の帝国主義、なぜ満州に出ていかなければならなかったかも、あらためて理解できました。
とにかく9巻という大作ですが、あっという間に読んでしまいました。
船戸ファンだけではなく、歴史、特に近現代史好きな人には、ぜひお薦めしたい小説です。
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