先日、ブックオフ某店に行ったとき、園田高弘さんが録音した3度目のベートーヴェンのソナタ全集のうち、「悲愴」などが入った1枚の中古CDを見つけ、何の気なしに買ってみました。聴いてみて驚きました。立派な、実に良い演奏なのです。世界的に活躍したピアニストだったのは知っていましたが、実演で2回、CDはこの3度目のベートーヴェン全集を録音し始めた1990年代に2枚ほど聴いただけで、その時は「きちんとしているけどそれ以上でも以下でもないな」と思った記憶があります。不明を恥じます。
園田高弘さんは、1928年東京に生まれ、2004年に76歳で亡くなりました。幼少期に早逝した父、清秀さんはフランスでロベール・カサドシュに師事したピアニストで、父から早期音楽教育を受けました。ユダヤ系ロシア人ピアニストのレオ・シロタに学び、東京音楽学校(現東京芸大)に進みます。卒業後はフランス・パリでマルグリット・ロンに学びます。ここでは、サンソン・フランソワやフリードリヒ・グルダら錚々たる若手ピアニストと親交を結んだそうです。
その後、帰国した際に、NHK交響楽団を指揮するために来日したヘルベルト・フォン・カラヤンとベートーヴェンの協奏曲を協演し、園田の演奏を気に入ったカラヤンの熱心な説得で、カラヤンの推薦状を携えてドイツ・ベルリンへ留学し、ヘルムート・ロロフに師事。1959年、ベルリン・フィルと共演し大成功を収め、ここからヨーロッパ各地、アメリカ・ニューヨークなどに演奏活動が広がります。
私は園田さんのCDについては、上記の「悲愴」などを収めた1枚を聴いて感激したのち、いろいろな作曲家のCDを買いましたので(今はほとんど廃盤で、中古が多いです)、それぞれの作曲家ごと、また時期ごとの園田さんの演奏の特徴はおいおい書いていきたいと思いますが、私が久しぶりに聴いて感じたのは、やはりそのテクニックの正確性ですね。これはやはり世界を見渡してもただ物ではない。シロタに師事した、すなわちブゾーニやその先にはリストにも連なる系譜なわけですが、いわゆるヴィルトゥオーゾ(超絶技巧)を誇るような技術ではありません。うまく言えないのですが、「テクニック」(技術)の基礎となる「メカニック」(機械的な正確さ)を突き詰めた先にある「巧さ」という感じでしょうか。
上の写真のCDが、ベートーヴェンの第4番、第8番「悲愴」、第12番(「葬送」)を収めた1枚です。
今回は「悲愴」でもっとも驚いた部分を書きます。それは冒頭の和音です。十分に強いフォルテで鳴らした直後、いったん音を切りペダルで弱音を保持するのです! こんな解釈は初めて聴きました。2度目のフォルテの和音も同じように処理します。
井口基成校訂の春秋社の楽譜をあらためて見てみましたが、楽譜には最初の和音と次のピアノ(弱い)音の間に「ペダルを離す」という指示はありますが、園田さんのように、最初の音を残すという弾き方をしようとは、楽譜を見る限り、思いません。今後書きたいと思っているシューマンのときでも、こういう独特な楽譜の「読み」を感じさせる、あるいは「通好み」と言っても良いような処理が、園田さんの演奏には多いのです。それが、効果のための効果、にとどまらず、聴くものに楽曲の正しい姿、と思わせるような説得力があるのがすごい、と思うのです。
このCDに収められている「葬送」も、すごいです。イタリアの天才、アルトゥール・ベネディッティ・ミケランジェリも愛奏した、そしてショパンがベートーヴェンのソナタで唯一弾いたという、この素敵なソナタ、私はこれまでアルフレッド・ブレンデルの最後の全集の演奏が最高だと思っていましたが、園田さんのも「切れ味」という点ではブレンデルに一歩譲るとしても、全体の満足度という点ではおさおさ引けを取るものではありません。それは、この曲でも、徹底した明晰な解釈と卓越した技術によるものが大きいからです。
一例を挙げれば、題名にもなった第三楽章の「葬送行進曲」。ブレンデルのは園田さんの後で聴くと、少しだけ演技過剰のようにも思えます。園田さんのは、淡々と楽譜に書いてある通りに演奏しながら、何とも言えない哀しみが伝わってくるのです。ゆっくりとした緩徐楽章でこうした芸を聴かせるのは、やはり経験とたゆまぬ努力に裏打ちされたものとしか言えないのです。
話題は変わりますが、指揮者の外山雄三さんは園田さんと同世代の人ですが、大阪交響楽団のHPで若い頃のことを振り返るインタビューに答えておられ、「朝比奈先生はアマチュア…」と言っておられ、自分にとってプロフェッショナルは近衛秀麿さんや(たしか)尾高尚忠さんだと言っておられたのを読み、園田さんこそ、日本のピアノ界で戦後初の「プロのピアニスト」であり、一生涯それを貫いた方だったのではないかと思いました。朝比奈さんは音楽学校を出ていないので、外山さんはそういう言い方をされたのだと思いますが、念のため付けくわえると、外山さんは否定的におっしゃったのではなく、アマチュア的な良さを持った指揮者だったという文脈でした。
プロとアマチュアの違いはなんでしょう。私は、技術を突き詰めるのがプロだと思っています。戦後間もない時代に単身ヨーロッパに乗り込み、日本人など見たこともない人たちを相手に仕事を得るために、まずは技術を磨く以外になかった、園田さんもヨーロッパで仕事が来だした頃には、ラフマニノフやラヴェルなど、なんでも弾かなればならなかったそうです。弾けない曲があっては次がない、血のにじむような努力を重ねたのではないでしょうか。これは戦後世代の小澤征爾さん、岩城宏之さんなどの指揮者も同じだったのではないかと思っています。
今は国内だけで活躍する日本人演奏家も多いですね。西洋音楽をやるためにドイツやフランスに行かなくてはならないのか。これは難しい問題ですので、おいおい考えていきたいと思いますが、園田さん世代は必須だったとは思っています。